染矢先生への執着心が取れないまま、時間だけが過ぎていた頃――。
以前から、まつ毛エクステに興味があった私は、サロンを営む「美智子さん(仮名)」のもとへ足繁く通っていた。
その施術中、美智子さんがとても素敵なネイルをしていることに氣付き、どこで施してもらっているのか尋ねると、彼女は施術後、ネイリストの「福田さん(仮名)」の名刺をコピーし、私に手渡してくれた。
その上、親切にも、その場で福田さんに電話を掛けてくれ、事の経緯を話し終えると、私に受話器を差し出した。
私は、自己紹介もそこそこに、自分の仕事休みが水曜日であることに加え、都合のいい時間が午前10時だと伝えると、ネイルサロンの予約はとてもスムーズに完了した。
福田さんは最後に、透き通った声で明るくお礼を述べ、私は、自分の電話番号を彼女に伝え、以降はLINEでやり取りすることへの了承を得た。
美智子さん曰く、福田さんは自宅でネイルサロンを営んでいるとのこと。
予約日の前日――。
お風呂から上がると、見慣れないアイコンのLINEが入っていることに氣付いた私は、思わずそのプッシュ通知をじっと凝視した。
アイコンは双子の女の子で、開いてみると、新しく加わった福田さんからのメッセージだった。
内容は、次の週の、同曜日の同時刻が既に指定されていて、明日は都合が悪くなったのでその日に来てほしいという、事務的な、そして一方的なメッセージだった。
そこには、予約が変更になった理由はもちろん、私の都合を問う心遣いも、謝罪の言葉さえ見当たらない。
一瞬、不快な氣持ちになったが、一応「わかりました」とだけ返信し、そうして、その指定された日時に、私ははじめて彼女のサロンを訪れた――。
到着すると、玄関前に2台分の駐車場があり、その内の1台分が空いていたので、私は躊躇なくそこに車を止めた。
後から聞いた話によると、玄関から見えていた車庫は、シャッターの開閉が面倒で、夫婦揃って玄関前の駐車場を使用しているとのことだった。
空いていた1台分の駐車場は、仕事に出た旦那さん用のスペースなのだという――。
玄関のチャイムを鳴らすと、「は~い」と甲高い声がしたが、福田さんはなかなか出てこなかった。
彼女を待っている間、ふっと右側へ視線を向けると、ウッドデッキに、旦那さんのものであろうつなぎ(作業服)が干してあるのが目に映った。
途端に心がざわめいた。
そして次の瞬間、玄関のドアがガチャッと開き、色白で大きな目をした福田さんが現れると、そのざわめきは嘘のように引いていった。
お互い挨拶を交わすと、福田さんは笑顔で、そして電話で聞いた通りの透き通った声で、私を、玄関から入ってすぐ右側にあるサロンルームまで案内した。
さっそく私は、彼女に促されるまま、対面して座っている福田さんに向けて腕を伸ばし、彼女は手慣れた様子で、そして優しい手つきでネイルをはじめた。
そこから、彼女との対話がはじまった。
福田さんは私の3つ年下で、子供の頃から神秘的なことに興味があり、スピリチュアルの本をある程度読んでいたらしく、施術中、「それ系」の会話が楽しくできた。
彼女はツインソウルの知識は皆無だったが、ツインの記憶が降りてきたことを誰にも打ち明けられなかった私は、やっと話が通じる人に巡り会えたのだと、喜びで胸がいっぱいになった。
さらに私は、このとき、それまでに感じたことのない居心地の良さを感じていた。
・・・彼女は事あるごとに、自然な口調で私を褒めるのだ。
「かわいいニットですね~」
「そのバッグどこで買ったんですか?色が素敵‼」
それは、白々しさなど一切感じない、極めてさらりとした言い回しだった。
加えて、彼女は、スピリチュアル好きが高じて、「愛が一番大事」が口癖だった。
それまで、「愛」を語る人など出会ったことがない私は、彼女ともっと深い話がしてみたいと、それ以降、彼女のサロンに頻繁に通うようになっていった――。
3回目の施術の日――。
サロンに到着すると、旦那さんが在宅中なのか駐車場が空いておらず、私は、車を一旦路上駐車して、玄関のチャイムを鳴らした。
次いで「は~い」と福田さんが現れ、私はその場で、「車はー」と、自分の車を指差しながらその対処方法を尋ねた。
すると彼女は、「あ、今日旦那がいるんですよ~」と言いながら、平然と私を家の中へと招き入れるのだった・・・。
てっきり、路駐している自分の車の駐車場所を指示されると思っていた私は、拍子抜けし、言葉が見つからないまま2時間の施術を終えた。
福田さんに見送られながら玄関から出ると、車庫のシャッターが1mほど開いているのが目に入った。
旦那さんがいるなら挨拶を・・・と、首を傾けながら車庫内部を覗くと、そこは、足の踏み場もないほど物が散乱していた・・・。
私は、見てはいけないものを見た氣がして、大慌てでその場を後にした。
「サロンルームはセンス良くコーディネートされているけど、ほかの部屋は一体どうなってるんだろう・・・」
そんなことを考えながら――。
ところで私は、因果応報を信じている。
誰かの悪口を言うと、必ず誰かに悪口を言われる。
だからこそ、ここぞとばかりに予防線を張っておこうと思う。
「これから書くことは、悪口ではなくて客観的事実です」
彼女は・・・、
慇懃無礼だった。
しかし、「愛が一番大事と言ってる人」 =「 霊格(魂のレベル)が高い人」だと決定づけていた当時の私は、そんな忌まわしい経験をしても尚、彼女のサロンへ通い続けるのだった――。
つづく