前田くんの名古屋でのセミナー当日――。
観光中、母の希望で立ち寄ったハイブランドのブティックで、セミナーの開始時間が押し迫っていることに氣付いた私は、慌てて「じゃあ空港でね」と両親に言い残し、急いで店を出た。
会場へ向かう電車に揺られながら、20代の頃に見た風景と同じものを眺めていた私は、今でもこの土地に住んでいるような錯覚に陥った。
不思議だが、地元にUターンしてからどれだけ時間が経過しても、名古屋を訪れる度に、かつての生活が今もなお続いているような氣がしてしまうのだ――。
開催時間の20分前に目的のビルに到着した私は、会場へ向かうエレベーターから降り、T字の回廊を左へ曲がった途端、受付をしていた前田くんと出くわした。
私が挨拶をしようとすると、彼は会うや否や、怪訝な表情で「メール読んだ?」と尋ねてきた。
なんでも前夜、私に受付を手伝ってほしいという内容のメールを送ったという。
当時私は、PCのメーラーをスマホ用のアプリとしてはインストールしておらず、滞在先のホテルでチェックできずにいた。
私は、前田くんに一通り説明して謝った後、直ちに受付を手伝うことにした――。
彼とはそれまで、「私たちの意志で」というよりは、「数々のシンクロによって」縁が深まってきた。
初対面のときのオフ会で、「私たちは前世で会っている」という認識が一致したように、私が抱いていた前田くんへの親近感は、決して私の一方通行ではなく、お互いが一様に感じていた、ということになる。
しかし今、名古屋のセミナーでの自分を改めて振り返ると、あのときから、あの、受付をお願いされたメールが行き違った辺りから、前田くんに近寄ることへの迷いが生じはじめたように思う。
前田くんと 初対面の日 に起きた3つのこと。
- 私になにかが憑依して彼に失言したこと
- 何十秒もの間、2人で一瞬たりとも目を離さず見つめ合っていたこと
- お互いの魂が合体して懐古の情を放っているように感じたこと
2番目は、染矢先生との間に起きたことに酷似している。
しかしそれ以上に、1番目の「私になにかが憑依したこと」が、一抹の不安を抱くようにして、幾度となく私の頭を反芻したのだった・・・。
前田くんは、相も変わらずダークグレーのもやに包まれていた。
しかし私は、相も変わらず「彼は霊格が高い人」というバイアスによって、それを負のものとして認識できない。
名古屋でのセミナーの日、前田くんと交わした言葉はごくわずかだったが、その日はなぜか、彼と向き合うと顔が引きつって笑えなかった。
それまでのオフ会では、普段通りにコミュニケーションができたのに、その日はなぜか、前田くんとの間に距離を置いてしまうのだった・・・。
セミナーは、満員御礼の大成功に終わった。
セミナー終了後――。
私は、前田くんに近寄ることを躊躇したからか、即座に席を立ち、その場で、会場前方にいる彼にごまかすような笑顔で大きく手を振り、言葉を交わすことなく、急いで両親の待つ中部国際空港へ向かった――。
時刻は夜の8時を回った頃――。
帰省する飛行機の中で、私は、窓外をぼんやりと眺めながら、セミナーの後、前田くんと言葉を交わさず、即座に会場を後にした自分の挙動を、釈然としない思いで見つめ直していた。
前田くんは極めて縁の深いソウルメイトだ。
しかし私は、間違いなく彼に近づこうとはしなかった――。
そうして、相容れない事柄で頭が混乱しながらも、飛行機は数時間のフライトを終え、ようやく地元空港が私の視界に入ってきた。
旅路から帰り着いたと実感するときは、幼少の頃から一貫して、同じ安堵感で満たされるものだ・・・。
・・・と、そのとき。
空港上空に辿り着いたはずの飛行機が、なぜか同じ場所を再三にわたって旋回していることに氣が付いた。
するとその直後、機長から、「濃霧のため着陸するタイミングを計っている」という旨がアナウンスされた。
私は疲れていたからか、特に大きな焦燥感も覚えず、着陸するのを淡々と待つことにした・・・のだが・・・。
それから約15分後のアナウンスで、なんと、着陸不可能と判断し、中部国際空港に引き返すと告げられたのだった・・・。
私は、生まれてはじめて空港で一夜を明かすこととなり、帰省は、次の日の早朝までお預けとなった――(席はもちろん、航空会社に用意していただきました)。
つづく