さて、兄が結婚した。
結婚報告の会食ではハプニングもあったが、なにはともあれ家族が増えた。
これからは兄と同じくらい、美恵子さんを大切にしよう。
当時は心からそう思っていた――。
兄が結婚して、はじめて迎えたお正月。
兄夫婦を含む私たち一家は、父方の祖父宅で毎年行われる、親戚一同の新年会へ向かった。
宴会がある部屋は、8畳の仏間と6畳の和室を襖で隔てた昔ながらの間取りで、そこに細長い折り畳み式のテーブルを直線に並べ、親戚一同集うのだ。
正午近くなって全員が勢揃いし、そして乾杯の音頭を取って、お節料理と焼肉というアンバランスなご馳走を頬りながら、各々が高揚した氣持ちで話題を切り出した。
しかし――。
私は、兄夫婦とはテーブルを挟んで向かい合わせに座っていたのだが、なぜか体が次第にだるくなり、座っているのさえキツい。
それは、早紀ちゃんとの間に起きた現象と完全に同じのものだったが、当時の私は、そんなこと見当もつかないくらい、怪奇現象への理解が乏しかった。
つまり、自分の身体に起きていることが、第3者からの影響だとは想像だにしなかったのだ。
私は、横になりたいのを我慢し、平静を装った――。
新年会の話題は、新婚である兄夫婦が中心で、結婚式の裏事情や新婚旅行の思い出など、いとこたちが質問攻めにして賑わっていた。
ところで、兄の結婚式だが、私は披露宴の途中で氣分が悪くなり、急遽、控室で横になって休むというアクシデントを引き起こした。
しかしそれも、そのときとなっては笑い話となり、そんなことも含めて、話に花が咲いたのだった。
宴もたけなわとなった頃、祖母が、焼酎の水割りセットを乗せたお盆を私に差し出し、右に座っている叔父に渡すよう促した。
お盆の上には、氷の入ったアイスペール、水の入ったピッチャーと、グラス3個が乗っている。
倦怠感に苛まれていた私は、それを受け取った途端に両手の力が抜け落ちてしまい、お盆を落として畳の上を水浸しにしてしまった。
続けて祖母が慌ててタオルを運び込み、フラフラしたまま祖母と2人、畳に染み込んでいく水を拭き取った。
水は、畳の上に置いていた私のバッグや、母のコートにまで大胆に掛かっていて、後始末に時間を要する大惨事だった。
ようやく作業を終え、自分の席に戻った途端、今度は憑依がはじまった――。
「なにか」がふっと私に憑依して、美恵子さんに失言する。
次の瞬間、本来の自分に戻って平然と会話を続ける。
数分後、また失言する、、、。
それは、他愛もない揶揄だが、そんなことを実に2回繰り返した。
矛盾を承知の上で書くが、美恵子さんはさぞ怒り心頭だっただろう。
実際後日、私は失言のことを謝ろうと、美恵子さんにLINEしようとした。
しかし、「なにかが憑依して失言してしまう」と入力している自分を客観的に鑑みた途端、「私、大丈夫?」と思い直し、結局断念したのだった、、、。
自分に実際起きていることなのに、そんな滑稽でオカルトチックなことは、口が裂けても決して他言できない――。
この日を境に、私は、「なにかが憑依して失言する」という自分の症状を、明確に自覚するようになった。
と同時に、自分を信じることができなかった当時の私は、自分に対してますます疑心暗鬼になり、自信喪失の底に突き落とされた心境になった・・・。
そういえば、いとこが兄夫婦に言っていた。
「夫婦でそっくりだね~!!」と。
確かに、兄夫婦は兄妹と言っても違和感がないくらい、顔や雰囲氣が似ていた――。
つづく